• 日々のみ言葉 2022年2月22日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2022年2月22日(火)

    ◎聖書箇所【マタイの福音書27章32節】
    27:32 そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。

    ◎ショートメッセージ
    《マルコの福音書における同一並行記事によりますと、
    『そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。(マルコ15:21)』と書き記されています。

     ここに、三人の名前が登場します。アレキサンデルとルポスと、彼らの父親のシモンです。なぜ二人の息子の名前が、明らかにされているのでしょうか。それは、この福音書が執筆された時には、異邦人の教会において、この二人の名前が良く知られていたからです。

     パウロは、ローマ書において、このように証ししています。
    『主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。(ローマ16:13)』と。

     何と、この時には、すでに青年となって教会において用いられているのです。それだけではありません。その母も、つまりクレネ人シモンの妻も、パウロに取っては、母親みたいな存在であると言うことなのです。

     使徒の働きには、とても興味深い記事が書かれています。
    『さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。(使徒13:1)』と。
     この中に登場する、「ニゲルと呼ばれるシメオン」こそが、クレネ人シモンと同一人物の可能性が非常に高いのです。パウロは、いったいどこで、ルポスの母と知り合うことになるのでしょうか。シリアのアンティオキア教会しか考えられないのではないでしょうか。

     アレキサンデルが、どのような働きをしたのかについては、聖書は何も語ってはおりません。しかし、この兄弟は、父親が主イエスの代わりに十字架を担いで、ゴルゴタの丘まで歩く姿を目撃しているのです。そして、主の十字架の死までをも目撃した可能性は非常に大きいのです。
     父親と母親が熱心なキリスト者になったのですから、彼らも自分たちの目で、ヴィア・ドロローサを歩く主の姿と、その道程(十字架の道程)に起こったすべての出来事を見たはずなのです。その証人として、アレキサンデルとルポスがどうして主イエスに用いられないことがあるのでしょうか。》

Comments are closed.