◇◆◇日々のみ言葉
2022年9月18日(日)
◎聖書箇所【ローマ人への手紙10章1節~3節】
10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。
10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。
10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。
◎ショートメッセージ
《昨日から、ローマ人への手紙は、第10章に入りました。同じ箇所からとなります。再度、現代訳を掲載します。
『10:1 信者の皆さん。私が心から願い、神に祈り求めていることは、イスラエルの民が救われることである。
10:2 私は、彼らが神に対して熱心な気持ちを持っていることをよく知っているが、彼らの熱心さは正しい知識に基づくものではない。
10:3 というのは、彼らは神の救いを知らないのである。彼らは律法を守ることによって救われようとし、神が用意して下さった救いの道に従おうとしない。』
「救いの道」はすでに、全人類に告げ知らされており、またその門は、まだ開かれています。よって、選民ユダヤ人と異邦人の区別なく、誰であっても「イエス・キリストの十字架と復活」は、自分の身代わりとして成されたことを心から信じ、今まで神様に背いて来たことを悔い改め、イエス・キリストを主として、心の奥底に向かい入れた人は、罪赦されて、神の子どもとされ、永遠のいのちをいただけるのです。
「律法」を守ることは、とても大切ですし、また守ることを心掛けることも尊いことでしょう。しかし、主イエスは、律法を成就され、廃棄されたのです。
律法のすべてを守り通すことが出来る人は、この世界に誰もおりません。唯一、神の御子であるイエス・キリストが、その33年にわたる生涯において、何一つ罪を犯さず、守り通されました。
しかも、選民ユダヤ人は、聖書のみ言葉ではなく、ミシュナと言われる「昔の人の言い伝え」を守っています。守ることによって、自分たちが救われていることを論証しようとさえします。
これは悲劇の何ものでもありません。彼らは、救われたと自称していますが、彼らの心臓が動きを止めた時に、彼らは真実を知ることになります。
これは、日本の人々にも、当てはまります。明日も同じように、明日がやって来ると多くの人々は思っています。
しかし、明日が来る前に、死が訪れたのならどうするのでしょうか。その時、人は誰が主であるのかを、明確に知ることになるのです。それでは遅いのです。》