◇◆◇日々のみ言葉
2024年1月3日(水)
◎聖書箇所【ヨハネの福音書20章19節~22節】
20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」
20:20 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。
20:21 イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父が私を遣わしたように、私もあなたがたを遣わします。」
20:22 そして、こう言われると彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」
◎ショートメッセージ
《昨日および一昨日と同じ箇所からとなります。
かつて、主は十二使徒たちに、やがてエルサレムに起こることを告げ知らせました。
『「しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。いなかにいる者たちは、都にはいってはいけません。
これは、書かれているすべてのことが成就する報復の日だからです。その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。この地に大きな苦難が臨み、この民に御怒りが臨むからです。人々は、剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれ、異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます。」(ルカ21:20~21:24)』
このことが起こったのは、主の十字架と復活から、約40年後の紀元70年のことです。エルサレムは、将軍ティトス率いる屈強なローマ軍によって、完全に包囲されたのです。
しかも、城壁を打ち破る為の塁が築かれ、投石機は何台も配置されていました。この時、多くの使徒たちは、すでに殉教していましたが、エルサレムには、初代教会を導く主の弟ヤコブと使徒ヨハネが、信徒たちと共に残されていたのです。
主の弟ヤコブは、この言葉を直に聞いていませんが、使徒ヨハネは、40年前に直接聞いており、そのみ言葉をしっかりと握りしめていたのです。
しかし、ローマ軍によって、完全に包囲されているのに、どうしたらエルサレムから脱出出来ると言うのでしょう。ヤコブとヨハネ、そしてエルサレム教会の信徒たちは、不安と恐れでおののいていたに違いありません。しかし、本当にそうでしょうか。
実は、彼らは平安で満たされていたのです。なぜなら、彼らは、主イエス様が言われた「み言葉」を信じていたからです。
「平安があなたがたにあるように。」
人類は、一気に滅びの道に向かおうとしています。世界はまさしく終末の最後の秒読みを刻み始めています。私たちクリスチャンの使命は、主イエスにある「平安」を持ち続けることであり、証しして行くことなのです。》