◇◆◇日々のみ言葉
2024年3月29日(金)
◎聖書箇所【マルコの福音書15章27節~38節】
15:27 また彼らは、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
15:28 こうして、『この人は罪人と共に数えられた。』とある聖書が実現したのである。 15:29 道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。
15:30 十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」
15:31 また、祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、イエスをあざけって言った。「他人は救ったが、自分は救えない。
15:32 キリスト、イスラエルの王さま。たった今、十字架から降りてもらおうか。我々は、それを見たら信じるから。」また、イエスと一緒に十字架につけられた者たちもイエスをののしった。
15:33 さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。
15:34 そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか。」という意味である。
15:35 そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる。」と言った。
15:36 すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」
15:37 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
15:38 神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。
◎ショートメッセージ
《今日は、カトリックで言うならば「聖金曜日」となります。すなわち、主イエスが十字架につけられた日のことです。よって、聖書箇所は、二週間ほど前に戻り、マルコの福音書から、十字架の場面をもう一度、共に思い巡らして見たいと思います。
主が十字架につけられたのは、午前9時でした。そして、息を引き取られたのが、午後3時のことです。しかし、この6時間の間に、どれほどの苦しみを主は経験なされたのでしょうか。私たちには想像することさえ出来ません。これは、十字架に掛けられた者にしか分からないことだからです。
しかし、はっきりとしていることはあります。それは、主イエスは、私やあなたが本来受けるべき裁きを、すべて受けて下さったと言うことです。しかも、死さえ、身代わりとして受けて下さったのです。
だからこそ、主を信じ、聞き従う者には、すなわち主の弟子たる者には、永遠の命が与えられているのです。十字架あってこその、永遠の命であり、罪の赦しであり、神の子どもになることを許されたのです。》