◇◆◇日々のみ言葉
2025年3月16日(日)
◎聖書箇所【第Ⅱコリント人への手紙1章6節~7節】
1:6 もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。
1:7 私たちがあなたがたについて抱いている望みは、動くことがありません。なぜなら、あなたがたが私たちと苦しみを共にしているように、慰めをも共にしていることを、私たちは知っているからです。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載いたします。
『1:6 もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたが慰められ、救われるためであり、もし私たちが慰めを受けるのなら、それもまたあなたがたが慰められ、励まされるためであって、その慰めは、私たちが受けている苦しみと同じ苦しみに耐え抜く力が、あなたがたに与えられるたである。
1:7 だから、私があなたがたに対して抱いている望みは、決して揺らぐことはない。あなたがたが私たちと苦しみを共にしているように、慰めをも共にしていることを、私たちは知っているからである。』
この箇所から、私たちは何を学ぶべきなのでしょうか。それは、私たちクリスチャンは、苦しみに会うことがあることであり、また慰められると言うことは、主イエスによって、解放されいやされることになるということです。
つまり、私たちは、主にある兄弟姉妹に対して、主の御わざを証しすることが出来るのです。喜びも悲しみも、互いに共通することが出来ると言うことです。
パウロは勧めています。
『あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練と共に、脱出の道も備えて下さいます。(第Ⅰコリント10:13)』と。》