◇◆◇日々のみ言葉
2026年1月7日(水)
◎聖書箇所【ガラテヤ人への手紙2章16節】
2:16 しかし、人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。
◎ショートメッセージ
《ガラテヤ人への手紙に戻ります。現代訳を掲載します。
『2:16 人が罪から救われるのは、律法を守ることによるのではなく、キリスト・イエスを信じさえすればよいということを知って、私たちはキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法を守ろうとしても守れるものではなく、キリストを信じさえすれば、神は律法を守ったのと同じように正しいと認めて下さるからである。律法を守ろうとしても、だれ一人それを完全に守ることの出来る人はいないからである。』
ここで、パウロは、「義人は信仰によって生きる」こと、すなわち「信仰義認」について、もう一度、ガラテヤ教会の兄弟姉妹に教えています。
律法は、罪とは何であるのかを示すものです。多くの敬虔なユダヤ人たちが、律法をすべて守ろうとしましたが、誰一人守れるものはいませんでした。たとえ、99%守ったとしても、残りの1%守れなければ、結局は「罪人」の何ものでもないからです。
しかし、ただ一人、その生涯において守り通すことの出来たお方が存在したのです。それが、私たちの主であられる、イエス・キリストです。
そして、主イエスは、私たちの罪の身代わりとして、十字架に掛かられ、本来私たちが受けるべきすべての裁きを一身に受けて、罪の結果となる「死」さえも味わって下さったのです。私たちに「永遠の命」を与えるためにです。
このお方を信じるだけで、救われるのです。現代訳では、かなり分かりやすくなっています。》