◇◆◇日々のみ言葉
2026年1月21日(水)
◎聖書箇所【ガラテヤ人への手紙3章10節】
3:10 というのは、律法の行ないによる人々はすべて、呪いのもとにあるからです。こう書いてあります。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、呪われる。」
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載します。
『3:10 というのは、律法を守ることによって救われようとする人は、だれでも神の呪いの下にあるからである。それは、旧約聖書の申命記には、「律法の書に記されていることを全部守ることができないなら、その人はだれでも呪われる」と、記されているからである。』
パウロが引用した聖書箇所は、申命記からです。原文は、
『「このみ教えの言葉を守ろうとせず、これを実行しない者は呪われる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(申命記27:26)』
新改訳聖書の訳は、申命記の原文とは、若干異なっていますが、これは、訳者の違いによるものです。新改訳聖書は、一人の人による監修が行なわれなかったのです。そのことが、尾山令仁先生が、ひとりでギリシャ語から現代訳を訳することになった理由の一つにあげています。
ただし、2017年版は、かなり手が入いり、旧約聖書を新約聖書に引用した時に、同じ訳を用いている場合も多々見受けるようになりました。
さて、神様はモーセを通して、「このみ教えの言葉を守ろうとせず、これを実行しない者は呪われる」と宣言されました。となりますと、すべての人が呪われた存在になってしまうことは明らかなのです。なぜなら、99%守ったとしても、残りの1%守らなければ、結局は100%守らなかったと同じに見なされるからです。
神様は聖いお方です。よって罪と同居することは出来ないのです。また、罪を見逃すことも出来ません。それだからこそ、罪を一つも犯さなかった方が、身代わりとなって、その裁きを全身に受けなければなりませんでした。
十字架は、まさに壮絶なものなのです。主イエスの十字架には、すべての人の罪と呪いと病があったとされています。最後に息を引き取られた時には、主の御体は、まさにボロボロだったのです。》