◇◆◇日々のみ言葉
2017年4月2日(日)
◎聖書箇所 【ルカの福音書8章13節】
8:13「岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみ言葉を受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。」
◎ショートメッセージ
《主イエス様はこのように言われました。
「このたとえの意味はこうです。種は神の言葉です。また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまいました。」
そして、その解き明かしについて弟子たちに話されたのです。
「岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみ言葉を受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。」
尾山令仁先生は、このように解説されています。
『次に、実を結ぶに至らなかった第二のタイプとして主が語られた人と言うのは、大して土の無い石地の心を持っている人たちです。
そういう人たちは、み言葉を聞くと、すぐに喜んで受け入れはするのですが、根を十分に張ることが出来ないうちに芽を出すので、しばらくの間は信じていても、試練が襲って来ると、すぐに信仰を捨てる人たちのことです。
信仰生活において、十分に根を張るということは大切です。植物というものは、地上に大きく枝を張っている木ほど、それに相応した根を地中深くに張っているものです。
信仰生活というものは、救われた喜びをいかに持続するかということにありますが、それは、信仰の根をいかに深く張るかということによります。信じた時の喜びが長続きしないのは、そうした努力をしていないことにあります。
それでは、信仰の根を深く張るにはどうしたら良いのかと言いますと、これは神様の中に信仰の根を張ることですから、信仰生活において成長に必要なことをすることであり、それには、五つの条件があるのです。
第一は、み言葉(聖書)を自分の霊の食物として毎日読むこと。
第二は、神様との交わりである祈りを毎日すること。
第三は、霊的運動である証しをすること。
第四は、神様に服従すること。
第五は、教会生活をすること。(教会に属し、礼拝・祈祷会など集会に出席し、与えられた収入の十分の一を忠実に捧げること)
これを、「成長に必要な五条件」と呼んでいます。』
これは、石地の心を耕すことになります。また養分を与えるため、その土地は次第に、良い土壌に変えられて行くのです。
クリスチャンになれば、何もかもうまく行くと言うわけではありません。必ず「試練」がやって来ます。なぜなら私たちの主ご自身も試練を受けられたからです。
しかし大切な真理があります。「試練」は神様からやって来ます。そして「誘惑」は悪魔からやって来るのです。
主の兄弟ヤコブは、このように勧めています。
『試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。
人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。(ヤコブの手紙1:12~1:16)』
試練に耐える者には、必ず神様のご褒美が待っているのです。》