◇◆◇日々のみ言葉
2017年4月9日(日)
◎聖書箇所 【ルカの福音書8章19節】
8:19 イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のためにそばへ近寄れなかった。
◎ショートメッセージ
《場面はここで一転します。ルカは、イエス様のメッセージを書き記していましたが、突然、その状況下において起こったことに目を向けています。
イエス様が大勢の群衆に、たとえや教えを語っておられた時に、イエス様のところに母と兄弟たちが尋ねて来たとうわけです。
ここで分かることがあります。それは群衆の中に、イエス様の母であるマリヤと、その弟たちを知っている人物がいたと言うことです。
この時には、まだ、ギリシャ人である医者ルカは、信仰を持ってはいません。もしかしたら、まだうら若き少年であったかも知れないのです。当然ルカは、そこにはいませんでした。
またこの場面には、イエス様の養父ヨセフも登場しません。この時には、すでに召されていたことは確実です。もしイエス様が公生涯を始められた時に、ヨセフが生きていたとしたら、当然ナザレに連れ戻したに違いありませんし、ほおってはおかないからです。
また新改訳聖書は、「兄弟たち」と訳していますが、実際には、イエス様には兄はいません。四人の弟たち、すなわちヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンがいるのです。そればかりではなく、二人以上の妹たちも、そこにいたことは、間違いないと思われます。
それにしても、よくイエス様と弟子たちを見つけ出したものだと思います。広いユダヤ地方において、現在のように、便利な電気器具も何もない時代にも関わらず、人のうわさと口コミだけで、どこにいるのか探し当てたのですから。
さて、母マリヤと、弟たちや妹たちが近づけない群衆とは、いかなるものであったのでしょうか。
おそらく数百人と言う規模ではなく、五千人の給食の時のように、実際には一万人以上の人々がいたと言われたくらいの大群衆ではなかったのではないでしょうか。
それほどまでに、この時にはイエス様の名声は高まっていたのです。
それだからこそ、パリサイ人や律法学者たちは面白いはずがありません。
さてイエス様のところにやって来た母マリヤと弟たちや妹たちは、真理を求めて、あるいは救い主である兄イエス様を求めてやって来たのでしょうか。
いいえ、そうではないのです。この時には、まだ彼らは信仰を持ってはいません。また母マリヤも、イエス様と一緒に行動を共にする前であったようです。
何時から、母マリヤは行動を共にしたのかは書かれてはいませんが、十字架に至る時まで、母マリヤはイエス様のもとを離れずにいたようです。
しかし弟たちや妹たちは、兄であるイエス様が復活されるまでは、信じることがなかったのです。これは本当に不思議なことです。
同じマリヤの血を引き継いでいるのにもかかわらず、実の兄弟関係であったにもかかわらずにです。
主の家族の例からしても、救いとは、まさに奇蹟の何ものでもないことが分かります。》