◇◆◇日々のみ言葉
2017年6月17日(土)
◎聖書箇所 【ルカの福音書9章44節~45節】
9:44「この言葉を、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」
9:45しかし、弟子たちは、このみ言葉が理解できなかった。このみ言葉の意味は、わからないように、彼らから隠されていたのである。また彼らは、このみ言葉についてイエスに尋ねるのを恐れた。
◎ショートメッセージ
《人々はみな、神のご威光に驚嘆しました。主イエス様のなさったすべてのことに、人々がみな驚いていると、イエス様は弟子たちにこう言われたのです。
「この言葉を、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」
イエス様による二回目の受難予告です。
マルコの福音書によりますと、
『さて、一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った。イエスは、人に知られたくないと思われた。それは、イエスは弟子たちを教えて、
「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる。」
と話しておられたからである。
しかし、弟子たちは、このみ言葉が理解できなかった。また、イエスに尋ねるのを恐れていた。(マルコの福音書9:30~9:32)』と、かなり詳しく書かれています。
ルカは、イエス様が「つんぼとおしの霊」を追い出され、ひとり息子をいやされた後すぐに、第二回目の受難予告をされた、と書いていますが、マルコは、そこから去ってガリラヤを通ってカペナウムに戻られる道すがら、受難予告をしたことを書き記しています。
ルカは、「人の子は、いまに人々の手に渡されます。」とだけしか書き記してはいませんが、マルコは、はっきりと三日目によみがえることまで書き記しています。
弟子たちには、このみ言葉は理解出来ませんでした。それほど奥義中の奥義であったからです。このみ言葉の意味は、彼らから隠されていたとも言えるでしょう。
また弟子たちは、このみ言葉についてイエス様に尋ねることを恐れたのです。つまり聞きたくなかったのです。知りたくなかったのです。
彼らはまさしく、自分の人生すべてを捨てて、主イエス様について来たのです。そのイエス様が、死んでしまうことなどは、信じたくもなかったでしょうし、また死人が三日目によみがるわけがないと思っていたからです。
つまり真実そして事実から目を背けたのです。私たちは、いつも自分の思考能力以上の事柄に関しては、実際な所、信じたくもないのです。それが私たちの本当の姿なのです。
しかしイエス様は神の御子であられます。イエス様の語られたことは、すべて成就するのです。》