◇◆◇日々のみ言葉
2017年11月18日(土)
◎聖書箇所 【ルカの福音書14章34節~35節】
14:34「ですから、塩は良いものですが、もしその塩が塩けをなくしたら、何によってそれに味をつけるのでしょうか。
14:35 土地にも肥やしにも役立たず、外に投げ捨てられてしまいます。聞く耳のある人は聞きなさい。」
◎ショートメッセージ
《イエス様は、ご自身の弟子となる条件を言われました。
「あなたがたはだれでも、自分の財産全部を捨てないでは、私の弟子になることはできません。」
そして、言われたことが今日のみ言葉となります。
実は、この教えを、すでに十二使徒たちは、「山上の垂訓」において、聞いています。
『「あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。」(マタイの福音書5:13)』
当時のユダヤでは、塩が塩気を無くすことは日常茶飯事であったのです。そのように使い物にならなくなった塩は、外の道端に捨てられたのです。それだからこそ、人々が踏みつけることは当たり前でした。
「塩」は、料理の味付けに用いられ、また砂漠気候の多いユダヤの荒野では、暑さから体を守る為に貴重なものだったのです。汗を書きますと、体内の塩分が汗と共ににじみ出て、腕や脚には、白い粉末の結晶になってこびりつくわけです。当然失われた水分と塩分の補給が必要となるわけです。
また、塩は、生ものを腐らせず、保存する為にも、必要なものでありました。
その塩が、腐ってしまい、もはや使い物にならなくなったものは、捨てざるを得なかったと言うわけです。
主イエス様は、私たちクリスチャンひとりひとりを、この世の塩だと言われています。塩は、価値がある貴重なものであり、また腐敗を止める役割を果たします。
この世は、どんどん腐敗して行きます。人間の罪は、留まることを知らず、どんどん堕落して行くのです。行く着く先は、死であり永遠の滅びなのです。
しかし、そのような世界であっても、ひとりのクリスチャンは、まさしく貴重な存在であり、そして「生きている塩」として、その存在と行ないによって、この世が堕落しきることを遅らせ、また腐りきった世の中を、少しでも人々の役に立つものに、変える働きをして行くのです。
それだからこそ、私たちは、主イエス様を信じる信仰に、懍として立ち続けなければならないのです。
それでは、どうのようにしたら塩が塩気を保つことが出来るのでしょうか。簡単です。毎日、新しい塩を補充すれば良いのです。古い塩を捨て、常に新しい塩であるならば、そうやすやすと捨てられることはありません。
イエス様のみ言葉に浸り、み言葉から命の糧をいただき、喜び感謝すれば良いのです。溜まった水は、やがて腐ります。ボウフラが湧きます。しかし上から下へと、常に流れて行く泉の水は、いつも新鮮であり、生きているのです。
あなたは「塩」なのです。その存在を、神様は喜んでおられるのです。》