◇◆◇日々のみ言葉
2017年12月21日(木)
◎聖書箇所 【ルカの福音書16章22節】
16:22 「さて、この貧乏人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。」
◎ショートメッセージ
《引き続き、主イエス様が語られた「金持ちとラザロ」について学んで行きます。今日はその三回目になります。
貧乏人の名前は、「ラザロ」でした。この「ラザロ」とは、ヘブル語では「エレアザル」で、「神は助ける」と言う意味です。
彼は、天地創造なる神様を信じていたのです。日々、神様の助けによって生かされていたのですが、ついに召されました。
ある朝、冷たくなっている主人に、愛犬が何とか起こそうとして、クンクン泣きながら舐めている情景が思い浮かべられます。涙を禁じ得ません。
本来ならば、真の神様への信仰を持っている者が、このような目に合うはずはない、と思われますが、主イエス様はそのような人物として彼を描いておられます。
この時点では、まだイエス様は、十字架と復活を通ってはいませんので、まだ新しい契約の時ではありません。
しかし、十字架の身代わりの死と復活はすでに起こり、その恵みと恩恵に預かっている私たちは、このラザロのような状況に陥ることはないと、私は信じています。
なぜなら、
主イエス様の十字架上での最後の言葉は、
「テテラトライ」
救いの御わざはすでに完成し、私たちには「救い主」がおられるからです。
さて本文に戻りましょう。
金持ちの家の門の前で、貧乏人ラザロは死にました。しかし彼は神様に対する信仰を持っていましたので、その霊と魂を、御使いたちによって天に引き上げられたのではなく、よみ(ハデス)と言う、慰めの場所に連れて行かれたのです。
この時には、まだイエス様は昇天されてはおらず、天の御国は完成されていなかったからです。
ヤコブ(イスラエル)はこう言っています。
創世記には、
『「これはわが子の長服だ。悪い獣にやられたのだ。ヨセフはかみ裂かれたのだ。」
ヤコブは自分の着物を引き裂き、荒布を腰にまとい、幾日もの間、その子のために泣き悲しんだ。 彼の息子、娘たちがみな、来て、父を慰めたが、彼は慰められることを拒み、
「私は、泣き悲しみながら、よみにいるわが子のところに下って行きたい。」と言った。こうして父は、その子のために泣いた。(創世記37:33~37:35)』と書かれています。
天に引き上げられるのではなく、下ることになるのです。
貧乏人ラザロが死んだ後、おそらく、しばらくの時が過ぎてから、金持ちも死んだとされています。ラザロは、ユダヤ人の父アブラハムのいる所に連れて行かれました。しかし金持ちは、どうだったのでしょうか。明日は続きから学びます。》