• 日々のみ言葉 2018年2月13日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2018年2月13日(火)

    ◎聖書箇所 【ルカの福音書18章40節】
    18:40 イエスは立ち止まって、彼をそばに連れて来るように言いつけられた。

    ◎ショートメッセージ
    《イエス様がエリコに近づかれた頃、ある盲人が、道ばたで物ごいをしていました。
     群衆が通って行くのを耳にして、「これはいったい何事ですか。」、と尋ねたのです。
    「ナザレのイエスがお通りになるのだ。」、と知らせると、彼は大声で、
    「ダビデの子のイエス様。私をあわれんでください。」と叫び始めました。
     彼を黙らせようとして、イエス様を囲むようにお守りしながら先頭を歩いていた十二使徒たちが、静かにするようにたしなめたのです。
     しかしその盲人は、ますます、
    「ダビデの子よ。私をあわれんでください。」と叫び立てたのです。

     その叫びを聞いて、イエス様は立ち止まられました。
     そして彼を、自分の側にまで連れて来るようにイエス様は、弟子の一人を遣わします。

     今日は、ここから学びます。

     イエス様は、盲人バルテマイの叫び声を聞きました。
     ここが一つのポイントです。
     私たちは、声を上げてイエス様に助けを求めなければならないと言うことです。もちろんイエス様は、まことの神様であられますから、すべての人の思いをご存知です。

     しかし、助けを求めるのか求めないかは、その人の意志にかかっているのです。バルテマイは、イエス様がメシヤであることを知っていました。
     おそらく何度かエルサレムに来られたことを、聞いていたに違いないのです。そして、ついにこの日、尋常ならざる群衆の声に彼は驚き、「いったい何事ですか」と、通行人に聞いたのです。もしかしたらこの通行人は、バルテマイに1 レプタ銅貨を恵んであげた人かも知れません。

    「ナザレのイエスがお通りになるのだ。」と知らせると、彼は大声で、叫び始めたと言うわけです。

     次のポイントは、イエス様が立ち止まって、ご自身がバルテマイの所に行くのではなく、弟子の一人を使いに出したことです。

     そしてその弟子に、「あの盲人を連れて来なさい。」と言われたのです。この役目と役割が、私たちクリスチャンのすべき、弟子の働きなのです。

     病んでいる人を、苦しんでいる人を、重荷を負っている人を、主イエス様のみ側に連れて行くことが、私たち先に救われた者のすべきことなのです。

     バルテマイは盲人でした。それゆえその弟子は、彼の手を取り、イエス様の所まで、誘導し、連れて来なければなりませんでした。
     その後は、主イエス様とバルテマイの二人の関係へと、場面は一転します。》

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