◇◆◇日々のみ言葉
2018年3月24日(土)
◎聖書箇所【ルカの福音書20章23節~25節】
20:23 イエスはそのたくらみを見抜いて彼らに言われた。
20:24「デナリ銀貨を私に見せなさい。これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、「カイザルのです。」と言った。
20:25 すると彼らに言われた。「では、カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からの学びとなります。
当時、ローマ帝国の支配下に住んでいたユダヤ人の成人男子は、皆ローマ帝国へ毎年一デナリの納税の義務がありました。一デナリとは、労働者が一日働いて得ることの出来る労賃でしたから、それほど重税と言うわけではありませんでした。
しかし、ユダヤ人がローマの貨幣を使って納税することは、神様の選民が異邦人に隷
属することを意味していたのです。
当時、そのことについては四つの考え方がありました。
第一は積極的賛成者で、ヘロデ党やサドカイ人たちでした。
第二は消極的賛成者で、隠遁生活をしていたエッセネ派の人たちでした。
第三は消極的反対者で、パリサイ人や律法学者たちでした。そして、
第四は積極的反対者で、愛国主義の熱心党の人たちでした。
彼らはイエス様から納税反対の言葉を引き出して、ローマの権威に引き渡そうとしていたのです。
イエス様は、すぐに彼らのたくらみを見抜かれました。まことの神様であられますから、人の心の隅まですべてがお見通しなのです。
「デナリ銀貨を私に見せなさい。これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」
「カイザルのです。」
「では、カイザルのものはカイザルに返しなさい。」
今日は、最後に言われたイエス様のお言葉、
「そして神のものは神に返しなさい。」と言うことについて考えて見ましょう。
イエス様が言われた真意とは、すべてのものが神様のものであると言うことなのです。
実際には、時の権力者であっても、父なる神様の権威によって立たされているわけです。よってその命に従うことは当然であり、また神様に従うことでもあるのです。
しかし、神様に逆らうような命令には従う必要はないですし、また反対しなければなりません。
例えば、ネブカデネザル王が、自分の金の銅像を拝めと言ったことなど。
日本で言うならば、もし与党政権が、「『靖国神社』こそが日本の神であり、日本人ならば全員が礼拝し参拝せよ。」、などと言った法律を制定しようとするならば、クリスチャンは戦わなければならないと思います。なぜならそれは悪魔に屈することだからです。
この世のすべては、本来は神様のものなのです。神様は、善い人にも、また悪人にも雨を降らして下さいます。
特にクリスチャンに与えられているものは、神様からの恵みであることは一目瞭然です。その人の財産も時間もその能力も才能も、すべて与えられたものです。
「神のものは神に返しなさい。」
返すことによって、私たちは神様の栄光を表わして行くのです。そしてそのように心掛けるクリスチャンにこそ、神様が現われて下さるのです。》