◇◆◇2018年3月25日受難週礼拝
◎本日の聖書箇所 【ヨハネの福音書19章31節~42節】 (新約p.202下段左側)
19:31 その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。
19:32 それで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。
19:33 しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。
19:34 しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。
19:35 それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである。
19:36 この事が起こったのは、「彼の骨は一つも砕かれない。」という聖書のことばが成就するためであった。
19:37 また聖書の別のところには、「彼らは自分たちが突き刺した方を見る。」と言われているからである。
19:38 そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのからだを取り降ろした。
19:39 前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た。
19:40 そこで、彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。
19:41 イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。
19:42 その日がユダヤ人の備え日であったため、墓が近かったので、彼らはイエスをそこに納めた。
◎メッセージの概要 【イエスをそこに納めた】
《今週は受難週に当たります。イエス様が復活された日イースターは、その年によって日にちが変わります。本来ならばよみがえられた日は、クリスマスと同様に固定されるべきだと思いますが、なぜこのような事態になったのかは、私たちにはわかり得ないことです。
さて今年は、来週の日曜日4月1日がイースターになりますので、今日は「シュロの日」となり、イエス様が雌ろばの子ろばに乗って、エルサレムにメシヤとして入場される日となります。民衆は熱狂してイエス様を「ホサナ」と迎えます。しかし受難週の金曜日、カトリッ教会では、「聖金曜日」に十字架にかけられるのです。
今回の受難週礼拝のメッセージでは、十字架刑の場面ではなく、十字架刑が終わった後の出来事、すなわちイエス様が、「完了した」と言われ、その霊を父にお渡しになられた直後に、目を留めて見たいと思います。
イエス様は午前9時に十字架につけられました。右と左には二人の強盗もつけられたのです。ゴルゴタの丘に三本の十字架が立ったわけです。
この場面は、すでに第一の夕方になっていました。午後3時にイエス様は息を引き取られたのです。この時二人の強盗はまだ生きていたのです。イエス様は、この二人の強盗の罪の為にも十字架にかかられたのです。パラダイスを約束された右側の者だけではないのです。 そればかりではありません。イエス様の刑をあざけり見守っていたパリサイ人や律法学者たち、そして祭司長たちの罪の為にも十字架にかかられたのです。
さてヨハネは、イエス様のすねの骨が砕かれなかったことを目撃します。そしてダビデによる預言の成就を書き記しています。
『主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない。』
次に、ローマ兵士の一人がイエス様の脇腹を槍で突き刺すことをも目撃します。これもゼカリヤの預言の成就であることを書き記しています。
『私は、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、私を仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために激しく泣く。』
ヨハネは黙示録において、イエス様が再臨される時に、彼を突き刺した者、すなわちユダヤ人たちが目撃することを預言しています。『見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。』
そして十二弟子の中においてただ一人、イエス様の十字架の側にいて、イエス様の死を見届けたことをはっきりと書き記しているのです。
「それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである。」
さて、ここでアリマタヤのヨセフとニコデモが登場します。マタイは「夕方になって、アリマタヤの金持ちでヨセフという人が来た。彼もイエスの弟子になっていた。」と書いていますが、マタイの福音書が執筆されたのは紀元60年頃だと言われていますから、イエス様の十字架から30年後では、すでに顔なじみであったはずです。
ペテロの通訳者であったマルコはさらに詳しく書き記しています。特にアリマタヤのヨセフが総督ピラトにイエス様の御体の下げ渡しを願う場面、そしてそのことによって、槍が突き刺されることになることを明確にしています。
この時アリマタヤのヨセフは、ユダヤ最高議会において有力な議員であったことも書き記されています。神様は不思議な導きと摂理によって、70人の議員の中の有力な議員であったアリマタヤのヨセフとニコデモを選ばれました。この二人によってイエス様は埋葬されることになります。
マグダラのマリヤもイエス様の十字架の側にいた者でした。彼女たちもイエス様の墓まで一緒について行ったのです。父なる神様が、イエス様の埋葬を確認させる為に。
アリマタヤのヨセフとニコデモは、この時、本当にすべてを捨ててイエス様の弟子であることを、公にしました。この二人によみがえられたイエス様がご自身を現わさないはずが、あり得ません。「500人以上の人に同時に現われた」とパウロは書き記しています。その中にこの二人がいたことは言うまでもありません。
パウロははっきりとこう言っています。
「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示す通りに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られた。」
人は死ねば、もう物言わない物体に過ぎません。それはただ一言で呼ばれます。すなわち「死体」あるいは「遺体」。イエス様は本当に死なれたのです。それゆえアリマタヤのヨセフとニコデモは、新しい園の墓に、「イエスをそこに納めた」わけです。
そしてイエス様が死んだ事実を、ヨハネも、またマグダラのマリヤも目撃しているのです。十字架の死がなければ復活はないのです。パウロは「最後の敵である死も滅ぼされます。」と言っていますが、それはイエス様が死を打ち破ることによって成されるのです。その為には、イエス様は一度死ななければなりませんでした。死があるからこそ復活があるのです。》