◇◆◇日々のみ言葉
2018年11月19日(月)
◎聖書箇所【使徒の働き4章31節】
4:31 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神の言葉を大胆に語りだした。
◎ショートメッセージ
《サンヘドリンから釈放されたペテロとヨハネは、教会に戻り、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告しました。
二人が釈放されることを祈り求めて集まっていた人々は、この報告を聞いて、心を一つにして、神に向かい、声を上げて祈り求めたのです。
「主よ。あなたは天と地と海とその中のすべてのものを造られた方です。
あなたは、聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの先祖であるダビデの口を通して、こう言われました。
『なぜ異邦人たちは騒ぎ立ち、もろもろの民はむなしいことを計るのか。地の王たちは立ち上がり、指導者たちは、主とキリストに反抗して、一つに組んだ。』
事実、ヘロデとポンテオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒に、あなたが油を注がれた、あなたの聖なるしもべイエスに逆らってこの都に集まり、あなたの御手とみ心によって、あらかじめお定めになったことを行ないました。
主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみ言葉を大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせて下さい。」
みなが心を一つにして祈り求めた時、実際には、みなが頭を垂れて、一人が代表として祈った時、あるいは詩篇を謳う時と同じように代表者が最初に語り、その同じ言葉を会衆が復誦した時、突然、その集まっていた場所が震え動いたのです。
ここからも、この場所こそ、五旬節に聖霊様が降って来られた「ヨハネ・マルコの家」であることは、ほぼ間違いのないことです。
そして、そこにいた一同は聖霊様に満たされたと言うのです。
ここから大切な真理があります。
それは、すでに聖霊様が降臨なさっているにも関わらず、再び彼らが聖霊様に満たされたと言う事実です。
ここから聖霊様が来て下さったことと、聖霊様に満たされることとは、同じ出来事ではなく、別な出来事であると言うことが分かります。
私たちが、自らが犯して来た罪を悔い改め、「主イエス様は私たちの身代わりとして十字架にかけられ三日目によみがえられたこと」を、信じ受け入れた時に、主イエス様の霊である聖霊様が私たちの霊の内に入って下さいました。
そして、私たちの霊が新しく生まれ変わって、永遠のいのちをいただけることこそが、救いであり、福音なのです。
今まで多くのプロテスタントの教会では、その体験が「聖霊のバプテスマ」であると言う教理を打ち立てて来ました。しかし、それは「聖霊のバプテスマ」、すなわち「火のバプテスマ」ではないのです。
この時、彼らに起こった出来事こそが、聖霊のバプテスマであるのです。また聖霊様に満たされることは一回限りの出来事ではなく、何度も経験すべきことなのです。
もちろん、救われて聖霊様が内住されることと、聖霊のバプテスマが同時に起きることはあり得ることです。
この時、彼らの心の中にあった「恐れ」はすべて消え去り、大胆さと力強さが与えられたのです。》