◇◆◇日々のみ言葉
2019年1月23日(水)
◎聖書箇所【使徒の働き7章36節】
7:36「この人が、彼らを導き出し、エジプトの地で、紅海で、また四十年間荒野で、不思議なわざとしるしを行ないました。」
◎ショートメッセージ
《モーセが偉大な指導者であり、そして聖書のモーセ五書の執筆者であることは、ユダヤ人なら誰もが知っていることです。
またユダヤ人指導者たち、律法学者たちが、偉人の中で最も尊敬しているのがモーセであることは、周知の事実なのです。
ここでステパノは、端的にその功績を述べています。
「エジプトの地で」
モーセを通して神様は、パロに対し十の災害を下されました。また最後の災害においては、「過越」を制定されたのです。
「紅海」とは、
モーセが、神様が選ばれた解放者であり指導者であることを、出エジプトしたイスラエルの人々に、証明する為に、神様が成された最大のモニュメントが、紅海を歩いて渡ったことです。
パウロは、こう言っています。
『そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの先祖はみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受けたのです。(第一コリント10:1~10:2)』と。
「また四十年間荒野で、不思議なわざとしるしを行ない」とは、
神様がモーセを通して、イスラエルの人々に飲み水を与え、そして日々の糧である「マナ」を与えられたことを意味しています。
ここで大切なことは、モーセが自分の力で「神様のわざ」を行なったのではなく、神様がモーセを通して、御わざを行なわれたことなのです。
「メリバの水」において、モーセは神様に対して罪を犯します。このことがきっかけとなって、モーセは約束の地に入ることが出来ないと言う裁きを受けるのです。
そしてモーセの従者であったヌンに子ヨシュアが、民を率いて約束の地に入ることになります。
私たちは「器」です。
神様の「管」なのです。
モーセでさえ失敗したのです。それは、私たちが同じあやまちをおかさない為への忠告であり、また教訓なのです。
すべての栄光は「主」のものです。
イエス様は、私たち一人一人を用い、そして遣わされた場所において、神様の栄光を現わして下さいます。その為にも、「良き器」であり、「通り良き管」であるべきなのです。
その時、私たちがするべきことは「感謝」すること、「賛美」することであり、そして「礼拝」することなのです。》