◇◆◇日々のみ言葉
2020年1月31日(金)
◎聖書箇所【使徒の働き20章25節】
20:25「皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないことを、いま私は知っています。」
◎ショートメッセージ
《「いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。
ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。
けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」
パウロはエペソ教会の長老たちに語り続けます。ここで、パウロは預言しています。
「私の顔をあなたがたはもう二度と見ることがないことを、今私は知っています。」と。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
確かに、パウロ一行はこの後エルサレムに上ります。そしてパウロはエルサレムにおいて囚われの身となるのです。
その後、裁判が行なわれ、パウロはローマ皇帝に直訴し、ローマに行くことになります。そして紀元60年に、乗船した船は難破しますが、マルタ島に流れ着き、その後ローマに向かいます。
そこで紀元60年から62年まで軟禁されることになるのです。しかし、こののち一時、主の恵みによって釈放されることになります。
そして、パウロの第四回伝道旅行が行なわれたことが伝えられており、また多くの聖書学者はその事実を支持しています。
その足取りは確かではありませんが、まずクレテ島に向かい、そこを巡回伝道し、愛弟子テトスを残して、小アジアに向かいます。
そしてコロサイ教会のピレモンを訪問し、オネシモの歓迎を受けて、エペソ教会に向かうのです。
それから、しばらくエペソに留まり、そこを拠点として、小アジアを巡回します。
この時、エペソ教会の長老たちは、再びパウロの顔を見ることになるのです。
パウロは、聖霊に満たされ、確信を持って預言しました。「私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがない」と。
しかし、それにも関わらず、なぜパウロはローマを釈放されて、再びエペソに戻って来ることが出来たのでしょうか。
聖書には書かれてはおりませんが、私は「エペソ教会の長老たち」が、本当に真剣に取り成しの祈りを神様に捧げた、いや、捧げし続けたと思っています。だからこそ、パウロは釈放され、第四回伝道旅行が実現したのです。
「取りなしの祈り」は、神様の御心を動かし、状況を一変させることが出来ると、私は信じています。まさしく「義人の祈りは働くと大きな力がある」のです。》