◇◆◇日々のみ言葉
2020年11月19日(木)
◎聖書箇所【マタイの福音書7章13節~14節】
7:13 「狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。
7:14 いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。」
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からです。
現代訳は、まったく異なっておりますが、今日は現代訳から考えて見たいと思います。
『7:13「罪や欲望を持ったままでは決してはいることのできない天国への狭い門を通ってはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、罪や欲望を持ったままでも十分はいれます。また、そこを通って行く人は沢山います。
7:14 しかし、救いに至る門は極めて小さく、その道は狭く、罪や欲望を持ったままで、はいることはできません。また、そこを通って行く人は決して多くはありません。」』
実際に「狭い門」とは、どのようなことなのでしょうか。現代訳では明確に「天国への狭い門」と訳しています。すなわち御国に至る道に続く門のことであり、永遠のいのちに至る道に続く門のことなのです。
その門をくぐり抜けるためには、「罪」と「欲望」を捨てなくてはならないと言うのです。逆に言いますと、「罪」と「欲望」を持った者は、その門をくぐり抜けることは出来ないと言うことです。
現在、その門はまだ開かれているのでしょうか。
もちろん、まだ開かれています。そして、その門こそが「主イエス様」なのです。主は、弟子たちに、このように教えられました。
『「まことに、まことに、あなたがたに告げます。私は羊の門です。私の前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。私は門です。だれでも、私を通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。」(ヨハネの福音書10:7~10:9抜粋)』と。
救いの道に至る門は、永遠のいのちの道に至る門は、主イエス・キリストと言う唯一の門だけなのです。このお方を信じ、罪を赦され、生まれた時から持ち続けている欲望を、聖霊様によって捨て去った者だけが、御国にはいることが出来るのです。
シモン・ペテロも、最高議会に集まったユダヤ人の指導者たちに、このように証ししています。
『「皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってく下さい。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。
『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった。』というのはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒の働き4:10~4:12)』と。
明日も引き続き同じ箇所からです。》