◇◆◇日々のみ言葉
2021年9月2日(木)
◎聖書箇所【マタイの福音書18章35節】
18:35「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天の私の父も、あなたがたに、このようになさるのです。」
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からです。
同じ箇所の現代訳を、再度掲載します。
『「このように、あなたがたも、それぞれ他の人を心から赦さないのなら、天のお父様も、あなたがたにそれと同じようになさいます。」(マタイの福音書18:35)』
新改訳では、「兄弟」となっていますが、これは実の兄弟と言う意味ではなく、主にある兄弟のことはもちろんですが、大きく同胞ユダヤ人のことを指しています。それゆえ現代訳では、「それぞれ他の人」と訳しているわけです。要するに、他人のことです。
人は何時怒りを覚えますか。
自分に対して、あるいは家族に対して、あるいは自分が関わるすべてのことにおいて、他人から何か被害や不利益を被った時に、人は怒りを抱くのではないでしょうか。
怒りを抱くことは罪ではありません。怒ったままでいること、また怒りを抑えきれず爆発させて、周りに危害を加えたりすることが罪なのです。怒りは、最終的には破壊や破滅を引き起こします。
使徒パウロはこう勧めています。
『怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。 悪魔に機会を与えないようにしなさい。(エペソ人への手紙4:26~4:27)』と。
また、
『しかし今は、あなたがたも、すべてこれらのこと、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。(コロサイへの手紙3:8)』と。
「怒ること」の反意語は「赦すこと」です。もちろん簡単に私たちは人を赦すことはできません。赦せないのが私たちだからです。
しかし、主イエス様の御名によって、助け主である聖霊様と共に、「赦しの宣言」はすることができます。たとえ感情はそのままであってもです。
主イエスは言われました。
「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天の私の父も、あなたがたに、このようになさるのです。」と。
つまり、これは霊の世界のことなのです。人間である私たちは、決して自分に危害や不利益をこうむらせた者を赦すことは出来ません。出来ないのが人間です。しかし、霊的世界において、赦しの宣言をすることによって、見えない世界の状況が一変するのです。そして、その後に魂のいやしが起こり、感情が徐々にいやされて行くことになるのです。》