• 日々のみ言葉 2015年7月5日(日)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2015年7月5日(日)

    ◎聖書箇所 【マルコの福音書1章32節~34節】

    1:32 夕方になった。日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのもとに連れて来た。
    1:33 こうして町中の者が戸口に集まって来た。
    1:34 イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をお直しになり、また多くの悪霊を追い出された。そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである。

    ◎ショートメッセージ

    《主イエスは、カペナウムのユダヤ人の会堂シナゴークにおいて、悪霊に憑かれた人から悪霊を追い出し、悪霊から解放し、その人を癒やされた。そしてシモンとアンデレの家に行き、シモンのしゅうとめ(義理の母)の熱病を癒やされた。特にこの記事は、マタイ・マルコ・ルカの共観福音書に掲載されており、重要な出来事であったことが自ずから分かるものである。主イエスが最初に癒やされた病人は、シモンのしゅうとめであったかも知れないのである。シモンとアンデレの家に、人々がかけつけていたとすれば、しゅうとめの熱病は、かなり重体であったとも考えられるのである。主イエスは、しゅうとめの手にさわられ、熱をしかりつけられた。するとしゅうとめは熱が下がって起き上がり、主イエスと弟子たちのもてなしをしたのである。その光景を目の当たりに見た人々が、カペナウム中に、証してまわったと考えられる。それゆえ夕方になると、そのうわさと主イエスの評判を聞いて、カペナウムの人々は、病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのもとに連れて来たのだ。「戸口」とはどこか。もちろんシモンとアンデレの家の戸口である。日が沈んだということは、夜が始まっていた。町中の人々が、さまざまの病気にかかっている人を連れて来たのである。ここから主イエスのしやしのミニストリーと、解放のミニストリーが始まるというわけだ。おそらく弟子たちは人々の整理にあたったりして、てんてこ舞いであったに違いない。マルコは、「多くの人をお直しになられた」と書き記しているが、マタイは「みないやされた」、ルカは「ひとりひとりに手を置いていやされた」と書かれてあることから、主イエスは、この時、皆癒やされた、と私は確信する者である。また悪霊どもも、すべて追い出された。神の御子である主イエスが、そして創造主なるお方である主イエスが、どうして追い出せない悪霊がいるだろうか。いやし主であられるお方が、どうしていやせない病気があろうか。悪霊どもは、主イエスがどのようなお方であることを、本当に知っていた。それゆえ主イエスは彼らにものを言うことをお許しにはならなかったのである。しかし、癒やされた人々の多くの人は、そして悪霊を追い出してもらい解放された人々の多くの人は、主が本当にどなたであるのか、まだ知らないのである。もちろん弟子たちも。私たちは、本当に、このお方が今も生きておられ、「奇跡」と「不思議」と「しるし」を、現代にも行なわれることを、本当に信じているだろうか。聖書が、一言一句誤り無き神の言葉であることを、本当に信じているだろうか。もしそうでないとしたら、悪魔や悪霊どもよりも、主イエスを知らないことになってしまうのではないだろうか。》

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