• 日々のみ言葉 2015年7月12日(日)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2015年7月12日(日)

    ◎聖書箇所 【マルコの福音書2章5節~8節】

    2:5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。
    2:6 ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。
    2:7 「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」
    2:8 彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。」

    ◎ショートメッセージ

    《主イエスは、まことの神であられながら、私たちと同じ、まことの人間であられた。しかし神として生きることよりも、ひとりの人間として歩まれた。荒野における四十日四十夜の誘惑の後、悪魔は最後に、三つの大きな誘惑を試みた。「その石をパンに変えてみよ」「エルサレムの神殿の頂から飛び降りてみよ。御使いたちに命じて、その足を支えさせよ」「もしひれ伏しておがむなら、この世のすべての国々と栄誉を与えよう。」特に、最初の誘惑「あなたが神の子なら、この石に、パンになれと言え。」という試みは、もし悪魔が、私たち人間にそのようなことを言っても、それは時間と労力の無駄というものである。なぜなら私たち人間には、そんなことが出来るはずはないからである。手品(マジック)では出来るかも知れないが、それはあくまでカラクリ、つまり種明かしがある。しかし、主イエスに対するこの時の誘惑は、悪魔は冗談で言っているのではない。四十日四十夜、断食をされた主イエスは、本当に空腹を覚えられた。荒野には何もない。今のようにコンビニなどは、あるはずもない。空腹で、肉体が最も弱った時に、この試みがやって来たのだ。主イエスは、ご自身の神の力と権威によって、それがお出来になられたのである。石をパンに変えることは、主イエスの口から出る「み言葉」によって、簡単にお出来になられたのである。今回の聖書箇所は、まさしく主イエスが、まことの神であられる証拠である。悪魔・悪霊は、全地全能ではない。しかし神の御子であられる主イエスは、人の心を読むことが出来る。悪魔・悪霊は、私たち人間に、多くの悪しき思いを送り込むことができるが、私たちの心を読むことは絶対に出来ない。もちろん御使い、すなわち天使たちも人の心を読むことはできない。主イエスは、この時、その場所に居合わせた数人の律法学者たちの心を、一瞬にして読まれたのだ。主イエスの御前では、たとえ王であっても、どんな悪人であっても、もはや裸同然なのである。主イエスの御前においては、私たちは何一つ隠し通せるものはない。まさにまな板の上の鯉である。律法学者たちは、心の中でこう言った。「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、誰が罪を赦すことができよう。」律法学者たちは、旧約聖書に通じている専門家であった。それにも関わらず、目の前におられるお方が、どなたなのか全く分からなかったのであった。二千年の時が流れた今でも、日本を含む全世界の多くの人々は、主イエスがどのようなお方であるのか、全く分からないのである。このお方が創造主であられる。私たち人間に取って、このお方意外に救い主はおられない。》

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