• 日々のみ言葉 2015年7月19日(日)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2015年7月19日(日)

    ◎聖書箇所 【マルコの福音書2章19節~20節】

    2:19 イエスは彼らに言われた。「花婿が自分たちといっしょにいる間、花婿につき添う友だちが断食できるでしょうか。花婿といっしょにいる時は、断食できないのです。
    2:20 しかし、花婿が彼らから取り去られる時が来ます。その日には断食します。」

    ◎ショートメッセージ

    《ヨハネの弟子たちは、イエスのもとに来て言った。「私たちやパリサイ人の弟子たちは断食するのに、あなたの弟子たちはなぜ断食しないのですか。」ここでヨハネの弟子たちが言っていることに目を向けて見たい。彼らは主イエスに質問しているとしたら、穏やかな言いようだが、本当は主イエスを責めた立てているのである。本心は、「あなたも、あなたの弟子たちも断食すべきだ」と言いたいのである。主はもちろん全地全能のお方であられるので、すべてお見通しである。主イエスは、彼らに不思議な答えをされた。実は、この答えこそが、以前ヨハネが弟子たちに教え諭したことなのである。そのことについては、ヨハネの福音書3章に書き記されている。

    『一方ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が多かったからである。人々は次々にやって来て、バプテスマを受けていた。ヨハネは、まだ投獄されていなかったからである。それで、ヨハネの弟子たちが、あるユダヤ人ときよめについて論議した。彼らはヨハネの所に来て言った。「先生。見てください。ヨルダンの向こう岸であなたと一緒にいて、あなたが証言なさったあの方が、バプテスマを授けておられます。そして、皆あの方のほうへ行きます。」ヨハネは答えて言った。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。あなたがたこそ、『私はキリストではなく、その前に遣わされた者である。』と私が言ったことの証人です。花嫁を迎える者は花婿です。そこにいて、花婿の言葉に耳を傾けているその友人は、花婿の声を聞いて大いに喜びます。それで、私もその喜びで満たされているのです。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。」(ヨハネ3:23~3:30 )』
     ここでは、バプテスマのヨハネは、主イエスを「花婿」とたとえ、そして自分を「花婿の友人」とたとえているのである。主イエスは、ヨハネが弟子たちに教えたことを、すべてご存じであったゆえ、引用して彼らだけに分かるように教えたのである。ここでも主イエスは、自分を「花婿」とたとえ、そしてご自分の弟子たちを、「花婿のつき沿う友人たち」とたとえられた。私たちは、何と主の友人なのだ。キリスト教結婚式には、必ずと言っても良いほど、讃美歌312番「いつくしみ深き」が歌われる。「いつくしみ深き、友なるイエスは~」まさに、その歌詞の通り、主イエスは、私たちの「友人」となってくだされた。神が人の友となられたのである。そして主イエスは、次に預言された。『しかし、花婿が彼らから取り去られる時が来ます。その日には断食します。』ここで主は、ご自身が弟子たちから取り去られる時が来ることを預言している。もちろん「十字架」である。その時には、彼らつまり弟子たちが「断食」をすると言われる。これは単なる断食ではなく、実は悲しみのあまり、食事が喉を通らなくなってしまうのだ。「十字架」は、弟子たちを恐怖と絶望のどん底に落とし入れることとなる。しかし主は蘇られる。そして今も生きておられる。やがて再び、この世にやって来られる。それこそが、私たち救われた者の最大の「希望」なのだ。その日が一日も早く来るように、私たちは「異邦人の数が満ちる時」を目指し、人々に主イエスを宣べ伝えて行こうではないか。》

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