◇◆◇日々のみ言葉
2022年10月24日(月)
◎聖書箇所【ローマ人への手紙11章11節~12節】
11:11 では、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。
11:12 もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載します。
『11:11 それでは、イスラエルの民がこのようにつまずいてしまったのは、倒れてしまうためでったのか。とんでもないことだ。彼らが神の救いにつまづき、神に逆らうことにより、かえって異邦人が目覚め、そのことにより、イスラエルの民も目を覚ますことができるのである。
11:12 彼らがつまづいたことが、このように全世界の人々に益をもたらしたのだとすれば、今度は彼らが神に立ち返る時は、どんなにかすばらしいことが起こるであろうか。』
ここで、パウロは同胞ユダヤ人の為に、弁明しています。神様は、ユダヤ人(イスラエル)を選民として選ばれました。そのことは、永遠に変わることのない真実なのです。しかも、主イエスは、ユダヤ人としてお生まれになられました。
しかし、ユダヤ人は、旧約聖書に書かれた預言通り、主イエスにつまずいたのです。これは、あくまでも結果論ですが、もし二千年前に、ユダヤ人が主イエス様をメシアとして受け入れていたのなら、いったいどうなっていたことでしょう。その時、十字架を回避出来たのでしょうか。もし、主イエス様の十字架がなかったとしたら、私たち日本人に、救いの扉が開かれることは、決してなかったでしょう。
私はこう推測するのです。もしそうであったとしても、主イエス様は、結局ローマ帝国反逆罪として、ローマ総督ポンテオ・ピラトの手によって十字架刑に処せられたと思うのです。》