◇◆◇日々のみ言葉
2024年8月24日(土)
◎聖書箇所【第Ⅰコリント人への手紙8章1節】
8:1 次に、偶像にささげた肉についてですが、私たちはみな知識を持っているということなら、わかっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からとなります。現代訳を掲載します。
『8:1 さて、偶像にささげた肉を食べることについて答えよう。私たちはみなそのことについて知識を持っている。しかし、知識は自己主張をし、愛は他の人を立てる。』
パウロは、ローマ書において、肉を食べることについて、このように教えています。
『もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。
ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。
このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。
食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人のばあいは、悪いのです。
肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。
しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。(ローマ14:15~14:23)』と。
当時、異邦人の都市において、店で売っていた肉は、偶像に捧げられた物も多くあったことが言われています。それは、偶像の祭壇に備えられたその物ではなく、間接的な物であったようです。つまり、販売する時に、偶像の祭壇の前で祈祷した物と言う意味なのです。それゆえ、パウロはこのように勧めているわけです。》