◇◆◇日々のみ言葉
2017年1月2日(月)
◎聖書箇所 【ルカの福音書5章39節】
5:39 「また、だれでも古いぶどう酒を飲んでから、新しい物を望みはしません。『古い物は良い。』と言うのです。」
◎ショートメッセージ
《今日から、またルカの福音書に戻ります。
主イエス様は、パリサイ人や律法学者たちに、三つのたとえを話されました。
最初のたとえが、古い着物と新しい着物でした。
『「だれも、新しい着物から布切れを引き裂いて、古い着物に継ぎをするようなことはしません。そんなことをすれば、その新しい着物を裂くことになるし、また新しいのを引き裂いた継ぎ切れも、古い物には合わないのです。(ルカの福音書5:36)』
次にぶどう酒を入れる古い皮袋と新しい皮袋のたとえを話されたのです。
『「また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を張り裂き、ぶどう酒は流れ出て、皮袋もだめになってしまいます。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければなりません。(ルカの福音書5:37 ~5:38)』
そして三つ目のたとえが、今日の聖書箇所となります。
ぶどう酒は、発酵し続けると、最後は酢になります。現在のぶどう酒の製造過程においては、必ず酸化防止剤(亜硫酸塩)が使用されています。それによって雑菌の繁殖と、それ以上の発酵を押さえているのです。
しかし、イエス様がおられた当時には、そのようなものを添加することなどはありませんでした。
よって新しいワインとは、まだぶどうジュースのごとく、発酵初期のものであったことが考えられます。
そして古いワインとは、発酵がかなり進んで、まさしく美味しく飲めるワインになった状態のものを指すことになります。
しかし、その後も発酵は進んで行きますので、酸っぱいワインになって行くことにはかわりありません。
どの程度のものがイエス様の言われる「新しいぶどう酒」なのか、また「古いぶどう酒」であるのかは、現時点では分かりかねますが、少なくとも現在、私たちが言っています「新酒」、つまりボジョレー・ヌーボーのようなものが「新しいぶどう酒」ではないことは確かです。
それゆえ、調度良く発酵して、まさにワインとなった「古いぶどう酒」を飲んでから、まだ発酵が進んでいない、発酵初期のぶどうジュースでは、比べものにはならないわけです。イエス様が言われた通り、『古い物は良い』と言うのです。
さて、「新しいぶどう酒」とは、イエス様の教えを指します。そして「古いぶどう酒」とは、パリサイ人や律法学者たちが、慣れ親しんできた「律法」を指しています。
律法とは言いましても、旧約聖書の律法ではなく、彼らが学んできた「ミシュナ」、つまり口伝律法を指しています。人は誰でも、自分たちが学んで来たものや慣れ親しんできたものに執着するのが常です。なぜなら、そのことを自負しているからです。
自分たちだけが一番正しい。そのように心も頭も、頑なに凝り固まってしまったとしたら、主イエス様の素晴らしい福音に耳を傾けることをせず、いつまでも「古い物は良いものだ。」と、結局は「滅びの道」を突き進むことになるのです。
私たちの心と頭はどうでしょうか。私たちは、イエス様の語られた言葉に、また人の話に耳を傾けることをしているでしょうか。柔軟な心と頭が必要です。柔軟な心こそに聖霊様は大きく働きかけて下さるのです。》