◇◆◇日々のみ言葉
2017年3月18日(土)
◎聖書箇所 【ルカの福音書7章44節~46節】
7:44 そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。私がこの家にはいって来たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、涙で私の足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。
7:45 あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、私がはいって来たときから足に口づけしてやめませんでした。
7:46 あなたは、私の頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、私の足に香油を塗ってくれました。」
◎ショートメッセージ
《ナインの町のパリサイ人シモンの家にて起こったハプニングについて、引き続き学んでいます。
さて、パリサイ人シモンはイエス様と弟子たちを食事に招きました。その意図は、ナインの町のやもめの一人息子を生き返らせた奇蹟を見て、モーセを通して神様が約束された「預言者」であると思い、話を聞いてみようとしたのかも知れません。
あるいは、イエス様を陥れようとして、何とかして言葉尻をつかもうとしたのかも知れません。
その辺りのことを、ルカは書き記してはいないからです。しかし今日の聖書箇所におけるイエス様のお言葉から、パリサイ人シモンの思いが見えて来るのです。
イエス様は、シモンに三つの点を指摘されました。
「私がこの家にはいって来たとき、あなたは足を洗う水をくれなかった。」
普通、客人を家に招く時には、その客人に対して汚れた足を洗うために、洗う水を用意し、そして一般的には、しもべ(奴隷)が客人の足を洗うものなのです。もししもべがいない場合には、主人が水を用意することになります。
しかしパリサイ人シモンは、招いておきながらイエス様に、水を出さなかったのです。
これは、客とは思っていない証拠です。本当は、招かれざる客なのです。
「あなたは、口づけしてくれなかった。」
当時、男性どおしであっても、友愛を示すために、ほおに口づけする習慣がありました。私たちはイスカリオテのユダが、口づけでイエス様を裏切ったことを知っています。
しかしパリサイ人シモンは、イエス様に口づけしませんでした。これは、友愛の気持ちが全く無いことの証拠です。
「あなたは、私の頭に油を塗ってくれなかった。」
ベタニヤのマルタの妹マリヤが、イエス様が十字架にかけられる数日前に、彼女の花嫁道具として、用意し、大切に保管していたナルドの香油をイエス様の頭にすべて振りかけました。
これほどの量ではないとしても、祝福のしるしとして、また尊敬を表わすしるしとして、少量の香油を手の指につけて、客人の頭につけることがなされたようです。
しかしパリサイ人シモンは、それもしませんでした。それはイエス様に対して、尊敬する気持ちが少しもなかったことを表わしています。
パリサイ人や律法学者たちは、自分たちこそが正しいと思い、また主張して来ました。この時にも、パリサイ人シモンは、自分が上の立場にいて、イエス様を見下ろしていたのです。
罪深い人間が、神様の御子であられるお方を見下していたと言う訳です。これこそが、かつての私たちの姿ではなかったのではないでしょうか。》