• 日々のみ言葉 2021年1月2日(土)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2021年1月2日(土)

    ◎聖書箇所【ヨハネの福音書20章19節~22節】
    20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」
    20:20 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。
    20:21 イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父が私を遣わしたように、私もあなたがたを遣わします。」
    20:22 そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」

    ◎ショートメッセージ
    《昨日と同じ箇所からとなります。

     2021年、今私たちは新しい年を迎えています。いいえ。恵みによって迎えることが出来ました。一年前、すなわち2020年1月1日を迎えられた全世界の人々の中で、中国の武漢から始まった新型コロナウィルスによって、180万人以上の人々が、2021年1月1日を迎えることが出来なかったのです。
     この事実を昨日ではなく、今日書いていますのは、時差がある関係からです。世界の感染者数は、8,000万人をゆうに越えました。今月中には、一億人を越える日がやって来ることは、ほぼ間違いありません。本当に驚くべきことであり、また終末時代のいよいよ最後に差し掛かったとも言えるでしょう。

     さて、2021年の年頭聖句は、ヨハネの福音書20章21節と22節です。その場面から、考えて行きたいと思います。

    「その日」とは「週の初めの日」、今で言う日曜日にあたります。ユダヤでは、午後6時から新しい一日となりますから、主イエス様がすでに復活されたその日の夕方のことです。
     また夕方も二通りあって、日が傾く午後3時過ぎと、日が沈む午後5時過ぎで、おそらく後者だと思われます。なぜなら、弟子たちは夕食の準備をしていたからです。

     その時、二手に分かれていた十一使徒たちは、トマスを除いて同じ場所に集まっていました。おそらくエルサレムにあるヨハネ・マルコの家であって、三日前に「最後の晩餐」を主と共に過ごした場所なのです。
     エルサレムでは、弟子たちが「イエスの死体」を盗んで行ったと言う「うわさ」で持ちきりでした。それゆえ彼らは「ユダヤ人」を恐れ、カギをしっかりと閉めて、なりを潜めていたのです。
     そこに、突然、主イエス様が現われます。カギが掛かっているにもかかわらず、彼らの真ん中に立たれるのです。そして言われます。

    「平安があなたがたにあるように。」

     シモン・ペテロは、この時、よみがえられた主にお会いするのは二回目のはずです。それだけではありません。使徒ヨハネもすでに主の復活を信じていたはずです。
     また、主が一番最初に生きておられる姿を現わしたマグダラのマリヤ、墓に行った他の女たち、エマオに住んでいるクロパとその妻マリアも、その場にいたはずです。それにもかかわらず、彼らは恐れていたのです。それゆえ、主は言われるのです。

    「平安があなたがたにあるように。」と。

     明日も同じ箇所から、続きとなります。》

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