• 日々のみ言葉 2020年1月28日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2020年1月28日(火)

    ◎聖書箇所【使徒の働き20章20節~21節】
    20:20「益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。人々の前でも、家々でも、あなたがたを教え、
    20:21 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです。」

    ◎ショートメッセージ
    《昨日から、パウロがミレトにおいて、エペソ教会の責を担う長老たちに語った「惜別のメッセージ」の内容について学んでいます。

    「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。」

     主イエス様に仕えることとは、救いのみ言葉を伝えることです。

     パウロは、書簡に自分自身の伝道スタイルを書き記しています。
    『私は誰に対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。
     ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。
     律法を持たない人々に対しては、(私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、)律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。
    弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。(第Ⅰコリント9:19~9:22)』

     そしてパウロは人の目を臆するなく、教えたのです。
    「益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。人々の前でも、家々でも、あなたがたを教え」たとは、そのことです。
     しかし、パウロに反対するユダヤ人が一人もいなくなったのではありません。主イエス様に対して、パリサイ人や律法学者たちが敵対したように、パウロに対しても同じような態度で接して来たのです。まさに命がけです。

    「謙遜の限りを尽くし」とは、パウロは自分の持つローマ市民としての特権や学歴、そして主に出会うまでの立場を誇り、またそれにより頼むことをしなかったことです。

     そしてまず始めに「神に対する悔い改め」を宣べ伝えています。バプテスマのヨハネが「悔い改め」を説いたように、主イエス様も「悔い改め」を促しておられます。

     人が救われるためには、まず神の前に、自分自身の罪を認め、悔い改める必要があるのです。》

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